エリア【倶利伽羅】で検索した結果

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御手洗の池
 津幡町倶利伽羅地区の北横根区に、聖徳太子にまつわる伝説が残る「御手洗池(みたらしいけ)」があります。この池にはかつて、聖徳太子像が石棺に入れて水中に沈められていました。像は現在、砺波市宮村の景完教寺.....続きを見る>>

御手洗の池
教願寺梵鐘
 津幡町倶利伽羅地区の竹橋(たけのはし)区に、梵鐘(ぼんしょう)で有名な教願寺(きょうがんじ)があります。かつての竹橋宿は、加賀藩の参勤交代の宿場町として栄え、村の真ん中を歴史国道「北陸道」が走ってい.....続きを見る>>

教願寺梵鐘
一騎討ち跡
 歴史国道「北陸道」の難所の1つである「前坂」を抜けて、さらに先を進むと、街道は尾根に沿って伸びています。城ヶ峰(じょうがみね)とも呼ばれる龍ヶ峰(りゅうがみね=標高194メートル)から400メートル.....続きを見る>>

一騎討ち跡
猿ヶ馬場の祠
 津幡町倶利伽羅地区の原区に、倶利伽羅山頂の猿ヶ馬場(さるがばば)に建つ「猿ヶ堂(さるがどう)」にまつわる伝説が残っています。  その昔、原に甚兵衛(じんべい)という子供のいない炭焼きの夫婦がいまし.....続きを見る>>

猿ヶ馬場の祠
まませ坂
 歴史国道「北陸道」の竹橋(たけのはし)口から最初の難所「前坂(まえさか)」を抜けると、峰沿いの北陸道から山麓の原村に通じる山道がありました。この山道は下り坂で、その昔、稼ぎから帰る村人が集落に向かっ.....続きを見る>>

まませ坂
馬洗い場跡
 津幡町の倶利伽羅峠から下った歴史国道「北陸道」沿いにある山森集落には、藩政期に作られたと思われる「馬洗い場跡」が残っています。周辺に地下水が湧き出る山森村や倶利伽羅村では、かつて旅人の休憩地として茶.....続きを見る>>

馬洗い場跡
大桜と蓮如堂
 津幡町倶利伽羅地区の材木区に、蓮如上人(れんにょしょうにん)にまつわる伝説が残っています。上人の叔父、如乗(にょじょう)が創建した本泉寺(ほんせんじ=金沢市二俣)を拠点に、上人は加賀・越中の布教活動.....続きを見る>>

湯座屋「兼平の湯」
 津幡町倶利伽羅地区の九折(つづらおり)区に、かつて「兼平の湯(かねひらのゆ)」と呼ばれる湯座屋(ゆざや=共同浴場)がありました。1183(寿永2)年の倶利伽羅源平合戦の時、矢傷(やきず)を負った源氏.....続きを見る>>

九折白山神社
 津幡町倶利伽羅地区の九折(つづらおり)区にある白山神社には、1898(明治31)年4月4日に地元の若連衆が奉納した「源平合戦大絵馬」が残っています。拝殿に掲げられた絵馬の大きさは縦93センチ、横23.....続きを見る>>

九折白山神社
九折と建久駒ヶ滝
 津幡町倶利伽羅地区の九折(つづらおり)区の地名は、越中に抜ける奥山峠の道が険しく曲がりくねっているとも、九つに折れ立つ岩石から水が落下する大谷川の滝に由来するともいわれています。  1195(建久.....続きを見る>>

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