エリア【市街地】で検索した結果

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本福寺
 津幡町中条地区の北中条にある本福寺(ほんぷくじ)には、約300年前に鋳造され、1973(昭和48)年に津幡町文化財に指定された梵鐘(ぼんしょう)を始め、室町時代初期の作と言われ、伝説も残る阿弥陀如来.....続きを見る>>

本福寺
平知度の首塚
 津幡町津幡地区の通称「平谷(へいだん)」には、平知度(たいらのとものり=平清盛の7男)の墓と伝えられている首塚が残っています。1183(寿永2)年の源平合戦の時、平維盛(たいらのこれもり=清盛の嫡男.....続きを見る>>

平知度の首塚
白鳥神社の祈雨祭資料
 津幡町津幡地区の加賀爪区にある白鳥(しらとり)神社は、加賀爪の産土神であるばかりでなく、古くは井家庄(いのうえのしょう)の総社として仰がれ、広く崇敬を集めてきました。祭神は日本武尊(やまとたけるのみ.....続きを見る>>

白鳥神社の祈雨祭資料
津幡城跡
 津幡城跡は津幡川の右岸、かつての宿場町、津幡宿があった旧北陸道を見下ろす小高い丘陵地にあります。ここは津幡小学校旧校舎の敷地内だったため、残念ながら遺跡はほとんど残っていませんが、標高15メートルの.....続きを見る>>

津幡城跡
清水八幡神社
 津幡城跡の東方裏手に、歌人冷泉為広(れいぜい・ためひろ)の墓があったとされる清水八幡神社があります。古くは清水八幡宮と称し、旧北陸道に面した参道入口に赤戸室石(あかとむろいし)の鳥居が建っていました.....続きを見る>>

清水八幡神社
弘願寺
 津幡川左岸のおやど橋手前にある弘願寺(ぐがんじ=浄土真宗東本願寺派)は、一向一揆時代には津幡町笠谷地区の鳥越区にありました。1580(天正8)年に織田信長(おだ・のぶなが)勢の佐久間盛政(さくま・も.....続きを見る>>

弘願寺
河合見風句碑
 かつて津幡城がそびえていた、旧北陸道を見下ろす標高15メートルの小高い大西山に、俳人河合見風(かわい・けんぷう)の句碑が建っています。その隣には、見風自身が尽力した歌人の「為広(ためひろ)塚」も建っ.....続きを見る>>

河合見風句碑
為広塚
 旧北陸道を見下ろす津幡城跡に建つ河合見風(かわい・けんぷう)句碑の隣に、為広(ためひろ)塚が建っています。為広塚は元々、津幡城跡の東麓にある清水八幡神社境内に隣接してありましたが、1963(昭和43.....続きを見る>>

為広塚
八幡神社の黄金像
 津幡町中条地区の南中条にある八幡神社は、北中条の三輪神社同様に、JR津幡駅裏手の小高い山の中腹から、集落を見下ろすように建っています。同神社の祭神は、誉田別命(ほむたわけのみこと)・気長足姫尊(おき.....続きを見る>>

八幡神社の黄金像
洲ざき家の芭蕉句碑
※洲ざき家の「ざき」は、「崎」の大が立の漢字です。  津幡町太田の旧北陸道沿いにある洲(す)ざき家の庭には、俳聖(はいせい)松尾芭蕉の句碑が建っています。句碑の正面には、1698(元禄11)年に発刊.....続きを見る>>

洲ざき家の芭蕉句碑
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