エリア【英田】で検索した結果

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加茂神社と桂清水
 津幡町英田(あがた)地区の加茂区はその昔、京都の賀茂神社の荘園で、ここで採れた米を京都まで運んでいたといわれています。その関係で、後にこの地に加茂神社が建てられ、加茂と呼ばれるようになりました。加茂.....続きを見る>>

【秋】能瀬四町獅子舞頭合せ
 毎年9月下旬に、順徳上皇ゆかりの地、津幡町能瀬地区で、恒例の秋祭りに獅子舞頭合せが行われます。鎌倉時代に佐渡へ流された順徳上皇が、その途中3年間滞在されたと伝えられる御門区、その際、飲料水のために掘.....続きを見る>>

【秋】能瀬四町獅子舞頭合せ
椀かせの穴
 谷内石山遺跡がある津幡町英田(あがた)地区の谷内(やち)区には、古くから伝わる伝説「椀かせの穴」の洞穴が残っています。  その昔、村人がお祭りや結婚式、葬式などでご膳やお椀が必要な時に、前の日の夕.....続きを見る>>

椀かせの穴
愛宕神社のアオハダ・シロダモ
 津幡町英田(あがた)地区の上矢田区に、アオハダとシロダモの巨樹で有名な愛宕(あたご)神社があります。同神社の祭神は、加具土命(ひのかぐつちのかみ)です。 ◆アオハダ  モチノキの仲間の落葉樹で、木の.....続きを見る>>

愛宕神社のアオハダ・シロダモ
加茂青年団「白獅子」
 通称「雄獅子」と呼ばれ、8月26日の秋季大祭に獅子を出している。  現在の獅子頭は、1982(昭和57)年井波の彫刻師今井幸太郎氏によって造られたもので、白木造である。また、以前の獅子頭も現存して.....続きを見る>>

加茂青年団「白獅子」
表能瀬青年団「雌獅子・小獅子」
 通称「雌獅子」と呼ばれ、9月23日の秋季大例祭に獅子を出している。  獅子頭は、 1893(明治26)年9月、井波の彫刻師12代番匠屋与八郎の弟子、岩倉理八(金剛寺屋)の作と言われるもので、井波町.....続きを見る>>

表能瀬青年団「雌獅子・小獅子」
浦能瀬青年団「雄獅子」
 通称「雌獅子」と呼ばれ、8月22日の秋季例祭に獅子を出している。  獅子頭は、 1985(昭和60)年8月、井波の彫刻師野村清宝によって造られたもので、褐色のなめし皮で覆われており、下牙が長いのが.....続きを見る>>

浦能瀬青年団「雄獅子」
領家獅子舞保存会「大獅子」
 通称「大獅子」と呼ばれ、9月18日の秋季例祭に獅子を出している。  獅子頭は、 製作時期、彫刻師、ともに不詳だが、津幡町に現存する獅子頭の中では最も重く、12.5キロもある。1955(昭和30)年.....続きを見る>>

領家獅子舞保存会「大獅子」
御門獅子舞保存会「雌獅子」
 通称「雌獅子」と呼ばれ、9月18日の秋季例祭に獅子を出している。  獅子頭は、 製作時期、彫刻師、ともに不詳で表面には黒漆が塗られている。蚊帳は、1975(昭和50)年頃に作られたもので、麻布で牡.....続きを見る>>

御門獅子舞保存会「雌獅子」
谷内青年団「雌獅子」
 通称「雌獅子」と呼ばれ、9月15日の秋季例祭に獅子を出している。  獅子頭は、 製作時期、彫刻師、ともに不詳で白木で作られている。蚊帳は、1955(昭和30)年頃に作られたもので、麻布で牡丹をあし.....続きを見る>>

谷内青年団「雌獅子」
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