乗光寺発祥の地

佐々木四郎高綱の墓とされる墓参道

佐々木四郎高綱の墓とされる墓参道

 津幡町倶利伽羅地区の相窪(あいくぼ)区に、源義経(みなもとのよしつね)に従い木曽義仲(きそ・よしなか)追討の宇治川の戦いで、先陣争いをして有名な佐々木四郎高綱(ささき・しろう・たかつな)が創建した乗光寺(じょうこうじ)跡があります。集落東方の丘陵頂部にあるその発祥地には、高綱の墓とされる墓参道が残っています。また、隣村の南横根と常徳(じょうとく)には、同寺ゆかりの石碑が残っています。
 1184(寿永3)年、高綱は剃髪(ていはつ=頭の髪や顔のひげを剃ること)して高野山に入り、次いで越後の國府(直江津)に配流(はいりゅう=刑罰として罪人を遠くの地へ流すこと)の親鸞上人(しんらんしょうにん)の弟子となり、了智(りょうち)と号しました。後に真西と改め、倶利伽羅峠から西方にたなびく藍色の雲を見てその方面に行き、この地を霊地と定め、1220(承久2)年に乗光寺を建立しました。後に、藍雲(あいくも)がなまって相窪になったと伝えられています。その後、寺は第5世の時に南横根に移り、第11世の寛永年間(1624〜1643年)に今の小矢部市に移りました。
 一説によると、相窪のように地名に「窪」が付く村は、源平合戦に敗れた平家の落武者が隠れ潜んで生活したところで、「窪む」は「落ちぶれる」という意味があるからだそうです。相窪以外に、同地区の大窪(おおくぼ)区や河合谷地区の木窪(きのくぼ)区にも、平家伝説が残っています。

所在地 〒929-0437 石川県河北郡津幡町字相窪
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アクセス JR津幡駅から「津幡駅前」交差点を右折し、県道59号線に入ります。「白鳥橋詰」交差点を右折し、「浅田陸橋」を超えると、「浅田」交差点に出ます。そこを左折し、県道215号線に入ると、すぐ右側に「萩野台小学校」の案内板が見えます。そこを右折し、県道212号線を進み、仮生でY字路を左折すると、県道214号線に入ります。そのまま道なりに進み、常徳を過ぎ、相窪集落を抜けると、右側に「乗光寺発祥の地」の石碑が建っています。



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