広瀬五郎作の碑

旧七黒トンネル開削に尽力した「広瀬五郎作」の碑

旧七黒トンネル開削に尽力した「広瀬五郎作」の碑

 津幡町笠谷地区の倉見区から七黒(しちぐろ)区に抜ける「笠野トンネル」と並んで、広瀬五郎作(ひろせ・ごろさく)が尽力した旧「七黒トンネル」がひっそりと残っています。広瀬五郎作は1822(文政5)年、津幡町笠谷の七黒に生まれました。昔は同地区の田屋から倉見に行くまでに八坂があり、1俵の米でさえ馬につけないと、この急な坂を越えられなかったそうです。
 1890(明治23)年に広瀬五郎作が県の補助と私財を投げ打って、「七黒トンネル」を完成させました。この大事業は多くの人の労力と多額の費用をかけ、土砂が崩れるのを防ぐため、六角形の木枠を組みつつ165メートルの岩盤と取り組み、大難工事は1年で完成しました。彼はこのトンネル開削を最後に、翌年71歳の生涯を閉じました。
 七黒トンネルに替わり、1998(平成10)年8月3日、県道218号莇谷津幡線「笠野トンネル」が完成したことから、役目を終えた「七黒トンネル」が閉鎖されました。
 広瀬五郎作の偉業を称えた顕彰碑(けんしょうひ=功績や善行などを称えるために立てられる石碑)が、笠野トンネル入り口付近に建っています。笠野トンネル完成記念碑のすぐ側には、鳥越城跡の登リ口があります。

所在地 〒929-0456 石川県河北郡津幡町字七黒
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アクセス 津幡町市街地から県道218号線を鳥越方面に進み、笠野トンネルを抜けてすぐ右手に「広瀬五郎作」の碑が建っています。



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