ジャンル 【史跡・遺跡】 で検索した結果

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馬洗い場跡
 津幡町の倶利伽羅峠から下った歴史国道「北陸道」沿いにある山森集落には、藩政期に作られたと思われる「馬洗い場跡」が残っています。周辺に地下水が湧き出る山森村や倶利伽羅村では、かつて旅人の休憩地として茶.....続きを見る>>

馬洗い場跡
喜多市十郎の碑
 津幡町の旧家「新田家」は、代々笠谷地区倉見村の十村(とむら)を務めた名家です。新田家の祖、喜多市十郎(きた・いちじゅうろう)は新田義貞(にった・よしさだ)の三男、義宗の子孫で、その義宗が伊予国喜多郡.....続きを見る>>

喜多市十郎の碑
広瀬五郎作の碑
 津幡町笠谷地区の倉見区から七黒(しちぐろ)区に抜ける「笠野トンネル」と並んで、広瀬五郎作(ひろせ・ごろさく)が尽力した旧「七黒トンネル」がひっそりと残っています。広瀬五郎作は1822(文政5)年、津.....続きを見る>>

広瀬五郎作の碑
山神様
 津幡町には古くから山祭りが伝承されていますが、現在、山神様(やまがみさま)が残っているのはここ、笠谷地区の倉見宮谷(みやのたに)だけです。山あいに建つ、高さ86センチ、幅43センチ、奥行き45センチ.....続きを見る>>

新田家の門
 津幡町笠谷地区の倉見区にある八幡神社の裏山に、津幡町倉見村の旧家「新田家(にったけ)」の門がひっそりと建っています。新田家は代々、倉見村の十村(とむら)を務めた名家です。江戸時代にケヤキで造られた門.....続きを見る>>

新田家の門
猪塚
 津幡運動公園に入る手前の小高い丘に、駆除したイノシシの供養碑「猪塚(ししづか)」が立っています。1774(安永3)年から翌々年にかけて大雪が続き、山奥でエサがないイノシシが多く出没し、山里の作物を食.....続きを見る>>

猪塚
阿弥陀堂の板碑
 津幡町河合谷地区の瓜生(うりゅう)区の西方、標高約200メートルの通称「阿弥陀堂(あみだどう)」山頂に小さな祠(ほこら)が建っています。祠には板碑(いたび)が祀(まつ)られ、中世仏教で供養塔として使.....続きを見る>>

阿弥陀堂の板碑
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