キーワード【旧北陸道】で検索した結果

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久世酒造
 津幡町の中心、旧北陸道の道標が建つ四ツ角交差点に、老舗の造り酒屋「久世(くぜ)酒造」があります。1786(天明6)年の創業以来、良い酒を造るのは良い酒米(さかまい)からと考え、自社の田んぼで独自の酒.....続きを見る>>

久世酒造
歴史国道「北陸道」
 津幡町と富山県小矢部市にまたがる「倶利伽羅峠」を越える旧北陸道は、源平合戦の「火牛の計(かぎゅうのけい)」に関わる史跡や加賀藩の参勤交代(さんきんこうたい)のための往還道など、その歴史的、文化的価値.....続きを見る>>

歴史国道「北陸道」
三十三観音
 歴史国道「北陸道」として認定された倶利伽羅峠の「三十三観音」は、慶長年間(1840〜50年代)に津幡町竹橋(たけのはし)から倶利伽羅峠を越えて埴生(はにゅう=小矢部市)までの約3里(約11キロ)の沿.....続きを見る>>

三十三観音
本福寺
 津幡町中条地区の北中条にある本福寺(ほんぷくじ)には、約300年前に鋳造され、1973(昭和48)年に津幡町文化財に指定された梵鐘(ぼんしょう)を始め、室町時代初期の作と言われ、伝説も残る阿弥陀如来.....続きを見る>>

本福寺
津幡城跡
 津幡城跡は津幡川の右岸、かつての宿場町、津幡宿があった旧北陸道を見下ろす小高い丘陵地にあります。ここは津幡小学校旧校舎の敷地内だったため、残念ながら遺跡はほとんど残っていませんが、標高15メートルの.....続きを見る>>

津幡城跡
清水八幡神社
 津幡城跡の東方裏手に、歌人冷泉為広(れいぜい・ためひろ)の墓があったとされる清水八幡神社があります。古くは清水八幡宮と称し、旧北陸道に面した参道入口に赤戸室石(あかとむろいし)の鳥居が建っていました.....続きを見る>>

清水八幡神社
弘願寺
 津幡川左岸のおやど橋手前にある弘願寺(ぐがんじ=浄土真宗東本願寺派)は、一向一揆時代には津幡町笠谷地区の鳥越区にありました。1580(天正8)年に織田信長(おだ・のぶなが)勢の佐久間盛政(さくま・も.....続きを見る>>

弘願寺
河合見風句碑
 かつて津幡城がそびえていた、旧北陸道を見下ろす標高15メートルの小高い大西山に、俳人河合見風(かわい・けんぷう)の句碑が建っています。その隣には、見風自身が尽力した歌人の「為広(ためひろ)塚」も建っ.....続きを見る>>

河合見風句碑
為広塚
 旧北陸道を見下ろす津幡城跡に建つ河合見風(かわい・けんぷう)句碑の隣に、為広(ためひろ)塚が建っています。為広塚は元々、津幡城跡の東麓にある清水八幡神社境内に隣接してありましたが、1963(昭和43.....続きを見る>>

為広塚
杉瀬墓地の三十三観音
 江戸時代末期に倶利迦羅不動寺までの道標と旅人の安全を祈願して、倶利伽羅峠の沿道に三十三観音像が安置されていました。そのうちの3体は、杉瀬集落の旧北陸道沿いに安置されていました。明治初年の神仏分離令に.....続きを見る>>

杉瀬墓地の三十三観音
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