洲ざき家の芭蕉句碑

洲ざき家の庭に建つ松尾芭蕉の句碑

洲ざき家の庭に建つ松尾芭蕉の句碑

※洲ざき家の「ざき」は、「崎」の大が立の漢字です。
 津幡町太田の旧北陸道沿いにある洲(す)ざき家の庭には、俳聖(はいせい)松尾芭蕉の句碑が建っています。句碑の正面には、1698(元禄11)年に発刊された俳諧(はいかい)集『続猿蓑(ぞくさるみの)』に収録された芭蕉の句「名月に 麓の雰(=霧)や 田乃くもり 芭蕉翁」が刻まれ、裏面には「文政四年辛巳春」と建立された年(1821)が刻まれています。砂岩でできた句碑は一部、風化していますが、そのせいか、風情ある趣きを醸し出しています。
 江戸時代の加賀藩では、山林を管理するため山廻役(やままわりやく)を配備していました。洲ざき家は宝暦年代(1751〜1763年)より代々、山廻役に任命された名家であり、1921(大正10)年までは太田村の東方の寺山(てらやま)丘陵麓に居住していました。寺山屋敷入口の右手前外れにあった句碑は、土地開発前の1967(昭和42)年晩秋に、洲ざき家第11代当主俊男氏によって現在地に移されました。
 句碑の由来は、句碑があった寺山屋敷の外れから、田んぼ越しに河北潟方向を見渡した光景が、芭蕉が1694(元禄7)年に伊賀上野の無名庵から伊賀盆地方向を見て詠んだ眺望に酷似していたという説が有力です。芭蕉の存命期間から見て、寺山屋敷を訪れたのは、芭蕉本人ではなく彼の弟子などゆかりの人物ではないかと言われています。
 句碑とともに、近世の建造物である現在の正門も旧屋敷から移されました。間口12メートル、入口幅4.45メートル、奥行4.7メートルの門は、以前は納屋門だったもので、2階部分は農機具などを納めるための納屋となっていました。当時は米蔵もあり、小作人たちが納めた米俵を貯蔵していました。
 現在の洲ざき邸は、築85年の吾妻(あづまや)造りだった古民家を、2007(平成19)年にリフォームしたものです。天井には梁(はり)がむき出しになっており、以前のまま残した座敷には、江戸時代の仏壇が飾られています。大崎(かほく市)の船問屋、唐人屋から払い下げられたもので、非常に価値の高い仏壇だそうです。
山廻役:山奉行に属し、担当区域の山林の樹木の仕立や伐木を監視する役人。

所在地 〒929-0345 石川県河北郡津幡町字太田
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アクセス JR津幡駅から「津幡駅前」交差点を曲がらずに直進し、次の「南中条」交差点を左折し、旧北陸道の町道に入ります。そのまま道なりに進み、「太田北」交差点を過ぎると、左手に「八幡神社」の社号標が見えます。しばらく行くと、左手に洲ざき家の正門が見えます。



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